事例(1)
【解説】
それぞれの理論背景から、Aさんの心理状態を検討します。
自己概念の変化
Aさんはこれまで、「大きなプロジェクトにかかわる仕事をする自己」という自己概念を持って働いてきたことがわかります。しかし、現在はその仕事に対して「重たい」と感じています。これは、仕事に対する価値観ややりがいの感じ方が変化し、自己概念が変化し始めている状態と考えられます。
自己一致(ロジャーズ)
自己概念が変化し始めているにもかかわらず、現在の仕事や役割はこれまでの自己概念に基づいたままです。そのため、「今の自分の感覚」と「これまでの自分のあり方」との間にずれが生じています。この状態は、自己概念と経験との間にずれが生じている状態、すなわち自己一致が揺らいでいる状態と説明できます。このずれが、迷いや違和感として感じられていると考えられます。
フェルトセンス
「重たくなってきている」「重さが積み重なっているような感覚」という表現は、はっきりと言葉では説明できないが、身体的に感じられている意味の感覚であり、フェルトセンスと考えられます。このフェルトセンスは、仕事の規模や役割そのものではなく、「自分にとっての仕事の意味」や「仕事との関わり方」が変化していることを示している可能性があります。 以上のことから、Aさんの感じているキャリアに対する迷いは、自己概念の変化を中心に説明することができます。当初は、大きなプロジェクトにかかわることを大切にしていたAさんですが、なんとなく重たいという感覚が生じています。その感覚の背景にあるものは、自己概念の変化であり、その変化の中にあることが説明できます。
【回答例】
Aさんの心理状態は自己概念(の変化)とフェルトセンスから説明できる。Aさんはこれまで大型プロジェクトに関わる仕事にやりがいを感じてきたが、現在はその仕事に感覚的な「重さ」を感じるようになっている。
この状態は、これまでの仕事を中心として形成されてきた自己概念が変化し始めている状態と考えられる。しかし現在の役割は過去の自己概念に基づいたままであるため、現在の自己概念との間にずれが生じている。このずれはロジャーズによる「自己一致」が揺らいでいる状態と考えられる。また、「重さが積み重なっているような感覚」は言葉になる前の感覚であり、フェルトセンスとして、自分にとっての仕事の意味やかかわり方の変化を示している可能性がある。(310文字)
事例(2)
【解説】
本事例は「どちらが正しいか」を判断する問題ではなく、
内的価値と外的期待の関係を整理し、目標形成の段階を説明できるかがポイントとなります。
キャリア・アンカー
キャリア・アンカーの理論から考えた場合、専門性を活かす働き方に価値を感じている一方で、管理職としての役割にも一定の価値を感じています。これは、複数の価値の間で揺れている状態として理解できます。
周囲からの期待
周囲からの期待の観点では、Cさんは管理職としての適性を評価されており、その期待が新たなキャリアの選択肢として提示されています。この期待は外的な要因として、意思決定に影響を与えています。
目標設定
目標設定の観点では、まだ明確な方向を定めておらず、情報収集や検討を行っている段階です。これは目標が未確定の探索段階であり、自己理解と環境理解を深めながら目標を形成していく過程といえます。
【回答例】
Bさんは専門性を活かして働くことに価値を感じており、専門・職能志向のキャリア・アンカーを有していると考えられる。一方で、周囲からは管理職としての役割を期待されており、マネジメント志向の役割が外部から提示されている状態である。このため、内的な価値観と外的な期待との間で葛藤が生じている。また、どちらの方向にも価値を感じていることから、キャリア・アンカーが一つに定まっているのではなく、複数の志向の間で揺れている可能性もある。現在は情報収集を行っている段階であり、目標設定が確定していない探索段階にあると考えられる。この段階では、自己理解と環境理解を深めながら、目標を段階的に具体化していくことが重要である。(302文字)
事例(3)
【解説】
本事例は、キャリア・モチベーションの変化を「外的キャリアから内的キャリアへの移行」という視点で説明できるかを問う問題です。
Bさんはこれまで昇進や評価といった外的キャリアを中心に動機づけられていましたが、その達成にもかかわらず充実感が低下しています。これは外的達成と内的な納得感のずれを示しています。
また、ワークエンゲージメントの観点では、全体として活力や没頭が低下している一方で、部下育成の場面では熱意が維持されています。つまり、エンゲージメントが一様に低下しているのではなく、関与の対象によって差が生じている状態です。 このように、本事例は「どの領域でエンゲージメントが維持されているか」「どこに内的キャリアとの一致があるか」を整理することが重要なポイントとなります。
【回答例】
Bさんはこれまで、昇進や評価といった外的キャリアを指標としてキャリアを形成してきた。その結果、管理職として一定の成果を上げているが、現在はその外的達成に対する納得感が弱まりつつある。この状態は、外的キャリアと内的キャリアとの間にずれが生じていると捉えられる。
また、仕事全体に対する充実感や集中の低下は、ワークエンゲージメントのうち活力や没頭の低下として説明できる。一方で、部下育成においてやりがいを感じていることは、その領域においては内的キャリアと経験が一致し、熱意が保たれている状態といえる。したがってBさんは、外的キャリア中心の動機づけから、内的キャリアに基づく関与へと移行しつつある過程にある。(300文字)
事例(4)
【解説】
本事例のポイントは、ストレスを「負担の重さ」としてではなく、「適応の過程」として捉えられるかどうかにあります。
セリエの理論から見ると、Cさんは新しい役割への移行により負荷を受けており、警告反応期を経て、現在は抵抗期にあると考えられます。抵抗期は、一見すると業務をこなしているため適応しているように見えますが、内部ではエネルギーが消耗し、集中力の低下や自己否定的な感覚として現れます。本事例における「向いていないのではないか」という認識や集中力の低下は、この状態を示しています。
一方、ラザルスの理論では、ストレスは状況そのものではなく認知的評価によって生じます。Cさんは、対人調整の難しさや業務負担を脅威として一次評価しており、さらに「自分には対処できないのではないか」と二次評価で対処可能性を低く見積もっているため、ストレスが強まっています。ただし、役割分担が機能した経験は、この評価を変える契機となり、状況を挑戦として捉え直す可能性を示しています。
コーピングについては、一つの方法ではなく複数の組み合わせが求められます。業務の進め方や役割分担を見直す問題焦点型コーピングにより状況へ働きかけることが必要です。同時に、不安や迷いを否定せず整理する情動焦点型コーピングによって心理的安定を保つことも重要です。「向いていない」という認知にこだわりすぎず、役割移行の過程として捉え直す認知的再評価が、現在置かれている状況に対する適応に大きく左右します。
本事例はストレスを「反応(セリエ)」と「認知(ラザルス)」の両面から理解し、コーピングを組み合わせていくことで、負担の状態から適応のプロセスへと移行できることを示しています。
【回答例】
①ストレスの状態について
Cさんは新たな役割への移行に伴い、これまでの行動様式が通用しない状況に直面している。この変化は負荷として作用し、業務負担や対人調整の困難さからストレスが生じている。また「向いていないのではないか」という認識は、状況を脅威として評価している状態といえる。一方で、役割分担が機能した場面では適応の手応えも得ており、ストレスは一方向ではなく、適応過程の中で変動している状態にある。(188文字)
②Cさんに求められるコーピングについて
まず、業務の進め方や役割分担を見直す問題焦点型コーピングが必要である。同時に、不安や迷いをそのまま排除するのではなく受け止める情動焦点型コーピングも求められる。さらに、「向いていない」という評価にこだわらず、役割の変化として捉え直す認知的再評価が重要である。これらを状況に応じて使い分けることが、適応を支える。(156文字)
事例(5)
【解説】
共感的理解に基づく初期対応をどのように行うかを問う問題です。重要なのは、問題解決や助言よりも先に、相手の主観的体験をどのように受け止めるかという点です。
Aさんはミスという出来事そのものよりも、「迷惑をかけているのではないか」という思考や、それに伴う不安、自信低下といった内面を語っています。そのため、この場面では業務上の原因分析や改善策の提示ではなく、まずその内面状態を理解するかかわりが求められます。
ここでの傾聴は、相手の語りに含まれる意味や感情に注意を向け、評価や解釈を返すのではなく、受け止める姿勢です。さらに、共感においては、相手の感情を自分の枠組みで理解するのではなく、相手の立場からそのまま理解しようとすることが求められます。
そして、その理解をリフレクションによって言語化して返すことで、相手は自分の状態を整理しやすくなります。 この一連の流れを押さえているかがポイントです。
【回答例】
ミスの増加をきっかけに「周囲に迷惑をかけているのではないか」という思考が強まり、自信の低下や不安を感じている状態である。このような場面では、まず傾聴によってAさんの語りを丁寧に受け止め、助言や評価に進まないことが重要である。そのうえで、共感の観点から、不安や負担感といった内面に焦点を当てて理解しようとする関わりが求められる。さらに、リフレクションによって「迷惑をかけているのではないかと不安になっているのですね」と感情や意味を整理して返すことで、Aさんは自分の状態を客観的に捉えやすくなり、その後の行動の検討につながる。(261文字)









