欲求階層説(欲求段階説)は、心理学者アブラハム・マズローによって提唱された理論であり、人間の欲求には段階があり、低次の欲求が満たされるとより高次の欲求へと関心が向かうとする考え方です。
「欲求階層説」とはなにか
マズローは人間の欲求を段階的な構造として整理しました。

最も基礎にあるのは生理的欲求です。これは食事、睡眠、休息など、生命を維持するために必要な欲求です。これらが満たされない状況では、人はまず生存に関わる行動を優先します。
次に安全の欲求があります。これは危険から身を守ること、安定した生活を維持すること、安心して生活できる環境を求める欲求です。安定した収入や住居、健康などもこの欲求に関係しています。
その次に社会的欲求があります。これは他者との関係や所属、受け入れられることに関する欲求です。人は社会の中で他者と関わりながら生きる存在であり、孤立ではなく関係性の中で生きたいという欲求を持ちます。
その上の階層には承認の欲求があります。これは他者から認められたい、評価されたいという欲求と、自分自身を価値ある存在として認めたいという欲求の両方を含みます。仕事における評価や達成感、自信などはこの欲求と関係しています。
そして最も上位に位置づけられるのが自己実現の欲求です。これは自分の可能性を発揮したい、自分らしく生きたい、自分の能力や特性を活かしたいという欲求です。マズローは、人間は単に生活を維持するだけでなく、自分の可能性を実現する方向へと成長しようとする存在であると考えました。
この理論の重要な点は、人間の行動は単一の欲求によって説明されるのではなく、複数の欲求の段階によって理解されるという点です。これらの階層は必ずどこかに収まるのではなく、重なり合い、変化していくものです。
例えば、生活が不安定な状況では安定を求める行動が中心になりますが、生活が安定してくると、自分の能力を活かしたい、成長したいという欲求が強くなります。
キャリアと「欲求階層説」
キャリアの観点から欲求階層説を見てみましょう。
キャリアの初期段階では、生理的欲求や安全の欲求がテーマになります。生活していくための収入、安定した雇用、安心して働ける環境などは、この段階にあたります。
就職活動において「安定している会社を選びたい」「収入を確保したい」と考えることは、安全の欲求と言えます。この段階では、自己実現よりも生活の基盤をつくることが優先的なテーマになります。
その後、社会的欲求が重要になります。職場での人間関係、組織への所属感、チームの一員として働くことなどは、この欲求に関係しています。人は単に収入のためだけでなく、社会とのつながりを持つためにも働きます。職場での孤立や人間関係の問題が離職の原因になることがあるのは、この社会的欲求が満たされないためと考えることができます。
承認の欲求はキャリア形成と深く関係しています。仕事で評価されること、成果を認められること、役割を与えられること、昇進や昇格などは承認の欲求です。
この段階では、人は自分の能力を発揮し、他者から認められることに意味を見出すようになります。仕事に対するやりがいや達成感もこの欲求と関係しています。
そして、自己実現の欲求はキャリアの後半や転機の場面で重要になることがあります。
□ 自分のやりたいことは何か
□ 自分の能力をどのように活かしたいのか
□ 自分らしい生き方とは何か
こういった疑問は、自己実現の欲求と関係しています。
転職や独立、学び直しなどの行動は、収入や安定だけではなく、自己実現の欲求によって動機づけられている場合があります。
キャリアの悩みと「欲求階層説」

キャリア心理学の「悩み」もこれに対応して考えることができます。
キャリア初期には、「安定したい」「収入を得たい」という欲求が直接的な悩みのテーマとなり、そこから社会的な役割や関係性に発展していきます。 そして、キャリアの後半や転機の場面では、より深く自分のあり方が問われることになります。
このとき、自分が向き合っているのは、「自己実現の欲求」であり、欲求段階の中でも最も上位にある課題であるということです。
本来は「自己実現の欲求」に動かされているのに、キャリアの悩みを収入や人間関係といったわかりやすい理由で説明しようとすると、どうしてもその悩みの解決は根本的な悩みの解消にはつながりにくくなります。
大切なことは、自分の悩みの背景にある構造を理解し、どのような欲求が沸きあがっているのかを正確に知ることです。











